(こちらは、スチュワードシップ研究会のブログに掲載した記事を再掲載したものです)

ラウンドテーブルでの議論

9月末、あるグローバルな投資家団体と資産運用会社合同のジェンダーダイバーシティに関するラウンドテーブルが東京で開催された。英語と日本語が混ざり合った活発な議論が行われ、参加者の多くが女性だった。その投資家団体は最近東京証券取引所に、上場企業に対し更なる女性取締役の登用を求めるレターを提出しており、議論は自然と日本における女性活躍の現状と課題そして取締役会における女性比率の問題が取り上げられた。政府関係者、企業、投資家を代表するパネリストからは、日本の女性取締役比率は諸外国に比べ非常に低く、増えているとはいえ今の速度だと、30%に達するまでに20年近くかかる、といった話がでた。投資家のパネリストはエンゲージメント先企業に何度も女性取締役を求めても「該当者が見つからない」と言われると述べた。事業会社のパネリストは、社員の平均年齢が30代という若い会社で執行役員をしており、女性が役員になったりして活躍をすることの重要性を述べた。

会場からは、女性が採用時から少ない問題や、家事労働の分担、男性の意識の問題などが挙げられた。また現在社外取締役をしている女性から、「女性でもできます!」と取締役会で言い続ける日々だという声があがった。このようなやり取りを聞いていて、だんだん違和感を感じた。それは、一見近くて全く本質の異なる2つの問題”女性活躍”と”ボードダイバーシティ”が、一緒に論じられている・・・ということだ。

女性活躍について

筆者が所属する企業では、女性の採用比率は現在32%だ。管理職比率は13%を目指している(2019年は8.5%を目指していたようで、伸びてはいる)。日本全体でも女性管理職比率は13.2%と、国際的にもかなり低い。この比率は中小企業の方がまだ少し高く、大企業の方が低いようだ。

ところでこの問題は、なぜ投資家が注目する必要があるのだろうか。女性活躍が企業価値向上につながるということだろうが、それはアファーマティブ・アクションとして、企業のレピュテーションを高めるからだろうか。或いは女性の管理職比率が高い企業のほうが、収益や成長率が高いというような分析があるのだろうか。その一方、女性が活躍できない理由の一つとして、男性の家事・育児分担率の低さが挙げられると、周りめぐって、各企業に男性労働者が育休を取得しやすい環境整備を求めることになり、これは企業にとっては負担かもしれない。

投資家が、投資先企業に女性活躍を求めるようになったのは、歴史的には最近だ。そもそも日本では、投資家も未だ男性が圧倒的に多く、”女性活躍”は政府の取り組みに引っ張られている面も否めない。それでも男性も育児休暇がとりやすい、女性が続けて働きやすい企業には、優秀な社員が集まり、生産性も向上し、将来の企業価値向上が期待できる・・・、といったコンセンサスは、定着しつつあるといえよう。そもそも人口が減る国として、女性比率を上げることができない企業は、やがて社員数も減り、生産力も衰える可能性がある。

一方政府から見れば、女性の多くがキャリアを途中で中断し、同年代の男性より収入が少なければ、所得税収入も伸びず、収入の問題から消費が伸びなやめば、経済も停滞の一因になるだろう。

ボード・ダイバーシティについて

女性がこれまでの男性と同様に働き、そのために家事や育児を男性にも分担して欲しいと考え、男性と同じように昇進の機会が与えられることは重要だ。そしてその議論の延長線上に、今ボード・ダイバーシティが語られている。

ボード・ダイバーシティの国内の議論は、10年前はガバナンスの向上のため「社外取締役導入」が求められた。今ではこれが必要だという認識も広まったが、当時は抵抗する企業も多かった。そしてそれが女性役員を一人は導入しよう、さらにそれが30%に、と議論が発展してきた。これに対して「適任者が少ない」、「女性取締役を増やすにはまず部長職や執行役員を増やさなければ」といった”言い訳”がよく聞かれると、このラウンドテーブルでも嘆く声があがった。

しかし、筆者はそこで違和感を感じた。本当にそうだろうか。

英国では数年前のコーポレートガバナンス・コードの改訂から、取締役会に従業員の代表を含めることが、他の代替え案と共に求められている。これは取締役会に多様な視点を求めるためだ。日本の取締役会は、執行と監督機能が混在しているところが圧倒的に多い。執行側も多様性はあったほうが良いが、あくまでも執行業務ができることが前提となってしまう。これに対し監督機能としての取締役の多様性は、質的に異なるのではないだろうか。執行を監督するものとして、必ずしもそれを直接的に経験している必要はないからだ。

監督としての取締役会は、執行が提案する事業に対し、そのリスク面や、他のステークホルダーへの影響など様々な考慮をもとに発言や行動が求められる。従ってむしろこれまで昇進などで冷遇されてきた従業員がいれば、却って適任かもしれない。他の取締役と異なる面が見え、従業員のモチベーションやサプライヤーの活性化につながるような考慮がうまくできるかもしれない。それがボードダイバーシティを求める理由ではなかったか。

ノミネーションコミッティの重要性

もともと社長が取締役の報酬を決め、次の社長を選ぶというやり方は日本だけで行われていたわけではない。その問題が議論され、徐々に高度な統治のあり方が“開発”されてきた。特定の人に選ばれなければ昇進の道がないとか、同じような考え方のメンバーだけで経営に関わる決定すると、時にリスクが正確に測定できなかったり、収益性を失った事業に固執してしまったり、新しい事業に取り組めないかもしれない。それを回避するために、取締役と執行役を分離し、指名委員会を置くという方式が各国で導入されている。日本ではこの方式を導入する企業の割合は少ない。(任意の委員会を設置する方式をとる企業は増えたが、これは執行と混在した取締役会の下に置かれており、独立性の観点ではここであげているノミネーションコミッティとは異なる)そうなると前述のように「今の男性と同じ経験をしている人が少ないから取締役候補者がいない」という考え方に陥りやすい。

ある参加者が「女性が少ない理由の一つに、取締役と執行役の分離がされていないことが一因ではないか」と質問をした。モデレータは取締役と執行役の分離が行われている国でも女性が少ないと答えたが、現状を打破するにはこれは重要な点だ。まず取締役会の役割を監督に特化すると多様化が図りやすくなるだろう。どんな経験も生きるからだ。そうすれば今日からでも女性比率を30%どころか50%にできない理由もみあたらなくなる。さらに完全に独立した指名委員会を置き、現行の体制と似通った人だけを選ぶ繰り返しから脱却する必要がある。取締役会の多様性は「女性がいること」だけでは成しえない。年齢や様々な経験の多様性が求められるが、それは指名委員会が相当ニュートラルに対応できなければ、なかなか難しいだろう。

女性活躍とボードダイバーシティの議論は、ぜひ一度分離し、それぞれが求めるところを再度議論してみる必要があるのではないだろうか。そうすることによって、結果的には双方の実現への近道になるだろう。

三井千絵